3.アメリカの現状

(3)アメリカの専門家責任

アメリカも基本的に同じである。
これについては、ハリー・T・マギル、ギャリー・ジョン・プレヴィッツ、トーマス・R・ロビンソン共著「公認会計士の専門性-機会・責任・サービス」("The CPA Profession-Opportunities, Responsibilities and Services"(1998))が参考になる。
本書は、第4章「実務の法的視点」("Legal Aspects of Practice")第2節「法的、規制的、社会的環境」("Legal, Regulatory, and Social Environment") の中で、「法的責任」("Legal Responsibilities")と題し、「契約不履行」("a breach of a legal contract")「不法行為」("a tort"注5)「犯罪」("a crime")が、公認会計士の職務から生ずる法的責任と潜在的責任とに存在するとしている。
その趣旨を要約すると、他人に対する損害の原因となる過誤(failure)の有無が、専門家としての注意義務(due care)を果たしたかどうかの判断対象となる。すなわち、過誤を構成するものは懈怠(negligence)であり、これにより、その技術程度や専門家として有すべき能力の有無が判断される。
また、契約については、「専門家サービス契約」として次のように述べている。「一般に契約法理、すなわち申込と承諾の必要性、対価の必要性、時に一定の強制力ある合意を合法化する必要性といった法理は、公的業務に従事する公認会計士と関与先との間の契約、彼等自身あるいは雇用者のため業務を行いあるいは研究する公認会計士同士あるいは公認会計士によって交渉された契約にも適用される。」
すなわち、契約法理は公認会計士と関与先、公認会計士同士、公認会計士が交渉の前面に立った契約に、それぞれ適用されるというのである。

注5 契約上の義務違反や犯罪行為を除いた不法行為を指す(長谷川俊明「ローダス法律英語辞典[再改訂]」〔東京布井出版〕(1996)p.295)"wrongful act"との異同は不明。

なお、アメリカには、コモン・ロー(普通法)とエクイティ(衡平法)とがある。コモン・ローは判例法として形成されてきた慣習法体系を指し、エクイティは具体的ケースにおいてコモン・ローを修正する原理として発展して来たものである。英米法は双方が相俟って初めて機能するとされる。会計専門家責任という場合、これには両者の可能性がある。
たとえば、ケネス・A・コスケー他著「会計専門家の法的責任と危機管理の手引き(初版)」〔プラクティショナーズ・パブリッシング社〕(Kenneth A. Koskay etc."GUIDE TO ACCOUNTANTS' LEGAL LIABILITY AND RISK MANAGEMENT"(First Edition))(2,000)の第1章「序-法的責任と危機管理」("INTRODUCTION-LEGAL LIABILITY AND RISK MANAGEMENT")第101,8節以下「法的責任の基本形態」("Basic Types of Legal Liability")は、「CPA達はコモン・ローと衡平法注6との両方の違反に責任を問われる可能性がある。衡平法が州議会と連邦議会によって制定されるのに対し、コモン・ローは州裁判所と連邦裁判所における判例に基づいている。」として、次のような責任形態を挙げている。

1.コモン・ローのもとの責任

  • 懈怠(専門性違背)(Negligence(professional malpractice))
  • 契約不履行(Breach of contract)
  • 受任義務違反(Breach of fiduciary duty)
  • 詐欺(Fraud)

2.衡平法のもとの責任

  • 連邦証券法と州証券法(Federal and State Securities Laws)
  • 威力脅迫及び腐敗組織に関する連邦法(RICO:the Racketeer Influenced and Corrupt Organizations Act)
  • 消費者詐欺(Consumer Fraud)
  • 証券取引委員会強制法(SEC Enforcement Actions)
  • 内国歳入庁規則ならびに規制(IRS Rules and Regulations)
  • 労働省令(Department of Labor Regulations)

注6 原文では"statutory law"となっているので「制定法」と訳すべきであるが、全体の趣旨から敢えて「衡平法」(言語では"equity")とした。

今回、登録代理人カリフォルニア協会(California Society of Enrolled Agents )からご提供いただいたセント・ポール火災海上保険株式会社(St.Paul Fire and Marine Insurance Co. 以下単にセント・ポールという。)の資料(参考文献1)「登録代理人の専門家責任防御-クレーム・メイド注7("ENROLLED AGENTS PROFESSIONAL PROTECTION - CLAIMS -MADE")」は、第1章「本契約がカヴァーするもの("What This Agreement Covers")」の冒頭で登録代理人の責任("Enrolled agents liability")につき、次のように述べている。

注7 クレーム・メードは訳しにくい言葉であり、「提起された賠償責任」とでもいえばよいであろうか。たとえば、CAMICO相互保険会社の「会計専門家責任保険証券」のなかに、"This insuarance applies to Claims made anywhere in the woeld"とか"Any Claim made by any Person after an Insured has such Person to obtain…"といった形で登場する。
専門家責任保険は、保険商品の中では「被請求・受報」証券(Claim-made and Report Policy)に分類される。これは、証券期間中ないしは「優先行為日」(Prior Acts Date)後に起こったか、或いは証券期間中になされ証券期間ないしその後60日以内に保険会社に書面をもって報告された行為、瑕疵、不作為に対するクレームにのみ適用される証券をいう(ウェストポート保険会社のサイト(URL=http://www.insurecpa.com/fag.htm)の解説)。

「当社は、損害賠償(damages)注8として法的支払いを求められているすべての被保険人に対し、次に挙げる損失をカヴァーする保険金を支払います。
・専門家サービスの提供の結果としての損失。
・本契約の有効期限内になされた不法行為を原因とする損失。」

注8 damade は複数形 damagesになると、単なる「損害」ではなく「損害賠償(金)」を意味する。

最も大事なところなので、原文をそのまま掲載しよう。

"We'll pay amounts any protected person is legally required to pay as damages for covered loss that:
・result from the performance of professional services; and
・is caused by a wrongful act committed before this agreement ends。"

前者が契約責任、後者が不法行為責任と思われ、まさに先に紹介したふたつの視点と符合している。但し、ここにいう不法行為(wrongful act)は我国民法の不法行為とは異なり、これよりやや広い概念のようである。すなわち、「『他者の権利を侵害し損失を与える』ことであって、『不法』(illegal)な行為にかぎらず反社会的あるいは反道徳的な行為を含むとされる。注9
以下では、この両面につき議論を進めて行きたい。

注9 前掲「ローダス法律英語辞典[再改訂]」〔東京布井出版〕(1996)p.319

なお、前掲書「公認会計士の専門性」の中に注目すべき次のような記述がある。
「伝統的な一般法理は、契約不履行につき訴訟提起することを第三者には認めない。注10
しかしながら(中略)いくつかの州では、今、このような第三者注11が懈怠負担に基づいて訴訟行為をする根拠理由を模索している。第三者の通常懈怠の主張から会計専門家を守るため嘗て考えられた当事者関係の防御方法、ウルトラメアーズ事件(Ultramares case 1931年)で確立された厳格な基準注12が緩和されてきている。」
ウルトラメアーズ事件判決は、「会計監査人の職業的注意義務はクライアント以外の第三者にまで及ぶか」という問題につき、極めて厳格な要件を提示したことで有名である。判決の文中でカルドーゾ主任判事は、「監査人の不注意による責任を第三者に広げた場合の潜在的影響」を論拠として「監査人は誤った意見に関し第三者である債権者に対し責任を負わない」とした。その趣旨が一般に支持され今日まで確立された判例理論となっていた。*??
ところが本書によれば、この考え方に異変が起きているという。すなわち、伝統的な判例理論によれば、契約不履行について訴訟を提起することができるのは、当該契約の当事者(=契約締結者)だけである。換言すれば、契約当事者でない第三者は当該契約の不履行を主張することはできない。本書の所説は、契約の当事者以外でも当該契約の不履行を主張できるとするもので、その点で伝統的判例理論と真っ向から対立する。なんらかの理由があるのであろうが、画期的であると同時に契約法理を根本から脅かす危険を孕む。議論の行方が注目される。
因みに、セント・ポールには、(税務代理契約の当事者ではない)同社が登録代理人(E.A.)に代わって(?)判決に対し上訴 注14する権利(the right to appeal a judgment awarded)がある旨の記述があるが、これも同じ考え方の現われなのであろうか。
これについても後ほど触れる。

注10 前掲「ローダス法律英語辞典[再改訂]」〔東京布井出版〕(1996)p.319
注11 言語は third partiesであるが、これを「第三者」と訳すか「第三当事者」と訳すかは微妙である(松田徳一郎監修「リーダーズ英和辞典」〔研究社〕には両方の訳語が出ている)。両者は決定的に異なると思われるが、ここでは趣旨から考え「第三者」とした。
注12 詳しくは、澤悦男「監査人の第三者に対する責任―カリフォルニア州最高裁判決の概要―」『JICPAジャーナル』No.452 MAR 1993 p.62以下参照
注13 前掲「ローダス法律英語辞典[再改訂]」〔東京布井出版〕(1996)p.319
注14 前掲「ローダス法律英語辞典[再改訂]」〔東京布井出版〕(1996)p.319

*ここでいう「会計監査人」とは、監査法人ないしは公認会計士のことであり、また第三者とは株主に代表される投資家のことであろう。会計士が誤った監査意見書を公表した結果、投資家が財産的損害を被った場合を想定しているのであれば、この議論は極めて限定的なものといってよい。なぜなら、投資家は公認会計士との間には直接の契約関係はない(会社と公認会計士の間には会計監査契約がある)が、会計監査のそもそもの趣旨から考えて、当該契約につき全く利害関係のない立場にはないからである。その意味で、この考え方を専門家責任論一般に押し広げることはできないかもしれない。但し、この場合も、公認会計士の株主に対する責任は、基本的には不法行為責任というべきであろう。なお、日本における株主代表訴訟(商法第267条)注15のような制度が機能する場面もあるかもしれない。

注15 取締役が会社に対して負担する債務につき、会社がその請求を怠っている場合には、株主は取締役に対し訴えを提起するよう会社に請求し、会社が訴えを提起しないとき、みずから取締役に対し、その債務を会社に対し履行するよう訴えを提起することができる(商法267条)。(鈴木竹雄)「〈法律学講座双書〉新版会社法―全訂第五版―」〔弘文堂〕(1994) p.199

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