3.アメリカの現状
(4) 専門家責任賠償保険における「専門家」概念アプローチ
専門家責任賠償保険における「専門家」概念が特殊であることは先に指摘したが、ここでもう少し詳しく見ていくこととする。引き続き、前掲したセント・ポールの資料を参考としよう。
セント・ポールは、前述のように「『専門家サービスの提供の結果としての損失』につき保険金を支払う」というだけで「専門家」の意義については定義せず、代わりに「被保険人注16」の意義について次のようにいう。
注16 言語は protected person。直訳すれば「守られる人」であるが、ここでは被保険人とした。以下同様。
「被保険人とは、『本契約で保護される人』条項( the Who Is Protected Under This Agreement section)にもとづき被保険人として資格を与えられたすべての人あるいは組織をいいます。」
さらに「損害賠償(damages)」の意義については、次のようにいう。
「損害賠償とは、判決(judgments)、裁定(awards)、和解(settlements)をいいます。民事刑事罰金科料(civil or criminal fines)、制裁(sanctions)、違約金(penalties)、没収(forfeitures)は含みません。」
そして肝心の「専門家サービス」の意義については、次のような定義を掲げている。
「専門家サービスとは、被保険人すべてによって或いはその人のためになされる、次に挙げる能力者の専門家サービスをいいます。
- 登録代理人(E.A.)、記帳担当者、税務申告書作成者
- 「公証人」
つまりこの保険契約の適用対象(カヴァー)は、「専門家サービスを提供する被保険人が請求されている損害賠償であり、具体的には判決等によって請求が認容された損害賠償責任」ということになる。これを俗っぽく要約すれば、「登録代理人等がこの保険に加入すると、その提供した専門家サービスが原因で損害賠償請求され裁判に負けた場合に、保険金が出る。」というものである。
ここで特徴的なことは、「被保険人」の定義を抽象的なものにとどめ、「専門家サービス」と「損害賠償」の概念を絞り込むことによって間接的に「被保険人」概念を明らかにする一方、「専門家とは何か」については特に言及していないことである。すなわち、彼らがいう「専門家」には「記帳担当者(bookkeeper)注17」も含まれ、我々が考える「専門家」より範囲が広い。換言すれば、彼らの頭には「専門家サービス」の概念が先にあり、このサービスを提供するのが「専門家」であるとの認識があるようである(下図参照)。
「専門家責任」というと我々はとかく「専門家」の意義から理解しようとするので、その点でやや分かりにくいものとなっている。以下では、この点を念頭に置きつつ議論を進めていきたい。
注17 bookkeeperを記帳担当者と訳し、「専門家」からはずして良いかどうかは疑問が残る。