HOME 税理士の方へ 国際部レポート 2000年 米国調査研究視察報告 Ⅱ 依頼者との契約の仕方と契約の実態について

Ⅱ 依頼者との契約の仕方と契約の実態について

はじめに
東京税理士会は 税理士報酬について、報酬規定により最高限度額を定めていますが、顧問報酬、税務代理報酬、税務申告書作成報酬など比較的具体性がないため、一般の顧客には、理解しにくいものとなっています。報酬規定をわかりやすいものにして明示し、どのような契約をしたらよいのか、などについて米国の実例を研究し、今後の報酬規定のあり方、契約方法はどうあるべきかを調査研究の目的とした。

1.税務サービスにおける法的規制

  • 税務にかかわるCPAが守るべき法律、基準などについて
    専門家が守るべき基準としてKPMGのデニス・マロイ氏は、以下のものを挙げている。
    AICPA 米国公認会計士協会
    Code of Professional Conduct 会計士行動規程
    Statements on Responsibilities in Tax Practice(税務業務における責任に関する基準書)
    Statements on Responsibilities in PFP Practice(PFP業務における責任に関する基準書)
    Treasury Department Circular No.230 米国財務省通牒230号
    State Boards of Accountancy 州公認会計士審査会 SEC 証券取引委員会 Independence Standards Board (ISB)
  • 米国財務省通牒230号:
    現在入手している資料で、守るべき基準のひとつである米国財務省通牒230号では報酬について以下の規定がある。

    10.28 報酬

    1. 一般にPractitioner(注、弁護士、公認会計士など)は内国歳入庁に対するいかなる事案においても、依頼人に対する代理行為について不公正な報酬を要求してはならない。
    2. 申告書作成における成功報酬、
      Practitionerは,はじめの申告書の作成について、成功報酬を請求することができない。Practitionerは、その修正申告又は還付請求が歳入庁による実体のあるレビューを受けることを、報酬の決める際に合理的に予想した場合に、修正申告又は還付請求(はじめの申告書についてなされる還付請求以外のもの)の作成について、成功報酬を請求できる。成功報酬には、申告書による還付額のパーセンテージによる報酬又は、他の場合で、達成した特定の結果による報酬を含む。

    10.30 勧誘

    1. 広告及び勧誘の制限
    2. 手数料情報
      1. 弁護士、公認会計士、EA、登録年金数理士或いは開業実務をする資格のある個人は、下記の手数料情報を配布することを許される。
      2. 弁護士、公認会計士、EA、登録年金数理士或は開業実務をする資格のある個人は、また、文書による手数料体系を発行してよい。
        1. 特定した日常的サービスのための固定手数料
        2. 時間当たり手数料率
        3. 特別なサービスのための手数料範囲
        4. 初回相談料
          費用を生じる事項に関する手数料情報文書には、納税者側の費用負担に関する文言が含まれていなければならない。
      3. 弁護士、公認会計士、EA、登録年金数理士、或は開業実務 をする資格のある個人は、最終公表日から30日をくだらない相当の期間内は、公表した時間当たり手数料率、特定した日常的サービスのための固定手数料、特別なサービスのための手数料又は初回相談手数料に拘束される。
    3. 会計士行動規程規則302により成功報酬について一定の場合を除き受領してはならないとされている。

2.税務サービスと契約書

(1)リスクマネジメントにおける契約書の有用性について CPAの実務指針ともいうべきガイドブック("Guide to ACCOUNTANTS' LEGAL LIABILITY AND RISK MANAGEMENT"practitioners publishing Company)は以下のように述べている。Engagement letter契約書は、クライアント自身及びCPA自身の責任について、クライアントを教育するための最も優れたツールである。(301.8)
また、さらに契約書はクライアントとの誤った理解や、その誤った理解が引き起こす不合意や訴訟を避けることができる。契約書を使うことについて以下の理由が一般に認められている。

  1. 執行者とクライアントにより合意した契約による義務を文書化するため
  2. 執行者が負うべき責任と保証しない責任について説明するため
  3. クライアントの責任を説明するため
  4. 執行者を法律上の債務から守るため(301.9) 契約書は、サービスを行う前にクライアントがサインをした場合に、もっとも有効である。(301.10)

(2)税務の契約書について
税務申告作成のサービスは、もはや、かつてのように比較的リスクのないものではない。監査などについては、契約書を使っていたが、税務の契約書ついては伝統的に使用していなかった。税法の複雑さが増加し、訴訟の多い社会の性質が明るみに出てきて、文書による申告書作成の契約書が、以前よりいっそう重要なものとなっている。

  • 契約書には以下の条項が含まれねばならない。
  • practitioner(公認会計士など)が作成する申告書
  • 報酬(固定報酬が使われない場合、どのように報酬の計算をするか)
  • 誰が申告書のための情報を用意するか、及びこの情報を立証するため、Practitioner が持つべき責任は何か
  • クライアントは申告書の正確性について最終の責任を持つことを明確に述べること
  • IRSの調査において、代理をすることについては、申告書作成報酬に含まれないことを知らせること
  • 両者間の、その他の制限又は特定の了解事項(301.23)

その他に、遺産税申告書作成に関する契約書、IRSもしくは州に対する代理、陳述についての契約書、ブックキーピング等の業務についての契約書等の雛型が示されている。
本書の中で、その他に以下の掲載もある。

損害における限度額
最近においてよく使われる重要な法律上の防護条項は、不注意な行為の結果としてクライアントが会計士から取り立てられる損害についての限度額である。この契約の規定は、典型的に、不適切な行為を原因として申し立てられた損害に対し、会社により取り戻される金額を限定している。そのような条項においては、取り戻される金額は会計士に支払った報酬の額又はその報酬の少ない倍数の金額に限定される。(302.10)

3.契約書における報酬額の記載方法

"CPA'sGuide to Effective Engagement Letters"は、Ron Klein,Ric Rosario,及びSuzanne M.Hollの3氏の共著でCPA専門の保険会社CAMICO Servicesが編纂しているCD-ROMつきの参考書である。「損害を回避し、成功に導く業務に役立ちます」と副題がついている。CPAの仕事上のあらゆる場面について,どのようなEngagement Letterを作成すべきかの見本を示している。以下、報酬の請求についての契約書の内容を取り出してみた。なお、契約書のモデルとともに解説やその他使用に際しての注意事項が細かく記載されている。

(1)個人の連邦所得税及び州税の申告書作成
「サービスの報酬は私共の1時間当たりの標準レートによるものに、コンピュータ処理料及び現金支払いをした費用が加算されます。サービスに対する支払いの期限は、サービスが行われた時が期限となり、仕事が進行するに従って中間の請求が出され、費用については支払ったときに請求されます。事務所の集金の方針に従って、支払期限が○○日も過ぎている顧客については仕事を中止する権利をもちます。」

(2)パートナーシップ及び法人の連邦税及び州税の申告書作成
「サービスに対する報酬は私共の1時間当たりの標準レートで計算され、仕事が進行するにしたがって請求されます。請求書は月ごとに送られ請求書を受け取った日が支払期限です。もしも、請求書について45日以内に支払いを受けなかった場合は、支払いの遅れている部分について、支払いがあるまで、すべての仕事は中断されます。」

(3)報酬に関するその他の契約条項

  • 契約書に含まれるサービスの範囲
    サービスの範囲は、契約書に記載された申告書の作成のみで税務当局による質問や、税務調査に応ずる費用は含まれない。<

延滞金は法律的に認められる。高金利を取ってはならない。しかしながら月1%又は年利10%程度の妥当な率であるべきである。支払期限が過ぎてから延滞金の計算ははじめられる。法律上の利息ではない。

  • その他の記載条項についてCPA'sGuideによれば以下の4点について契約書に記載することが可能であるとしてその内容について解説している。
  1. 延滞金の請求 Late charge
  2. 報酬の着手金
    仕事に先立ち着手金を請求することができる。クライアントの支払いの習慣が過去においてよくない場合、後の報酬についての争いを避けるためにこの契約を使用する。着手金は最終の請求金額に当てられ、最終金額を超えた場合は、超えた部分は返金される。
  3. 契約の実行中に状況の変化があった場合
    予想されない情勢の変化により、最初の報酬の見積もりに影響があると考えられる場合に、報酬の変更ついてクライアントの了承を得ることができる。
  4. 賠償責任の限度額
    この条項は会計事務所とクライアントの両者が協議して同意した場合に記載できる。「一定金額、又は受け取った報酬金額の○○倍の額、のいずれか大きな金額を、会計事務所が負担する賠償責任の限度額とする」との条項を記載できる。(但しこの条項は、自動的に挿入すべきものではなく、専門家と相談してから行うことが望ましい。また、SECは上場会社に関してはこの条項の使用を禁止していることに注意すべきである。)

176p参照
※参考1において、本書から法人、個人、パートナーシップの所得税申告書作成の契約書を抜粋で掲載した。

4.契約における報酬額の記載方法-KPMGの場合-

契約に記載される内容サービスの範囲は限定して列挙される。ファイルから取り出し記載する。

金額の記載方法は

金額を一括記入する方法;話し合いで費やされる時間数と複雑度が考慮される。
金額を一定の範囲として記入する方法;同上

  • この場合作業の途中で最初の見積り時間数より、大幅に増加すると見込まれる場合、申し出により変更できる旨の条件が記載される。
  • 増加する金額については費やされた時間数により請求される。
  • 報酬の支払いは第一回から数回に分けて行われる場合もある。

費用の請求

タイムチャージでの請求のほかにout of pocket expensesが見積り報酬の20%以内で請求できる。(旅費、宿泊費、食事代など)

特別料金

申告期限前の一定期日までに申告に必要な情報すべてをKPMGに渡すことが出来なかった場合は、提出期限の延長手続き料金を含め、報酬の範囲が特別料金として別に設定される。

報酬の支払い

報酬の支払いは請求書の受取り後30日以内に支払うものとされている。

タイムチャージ

一時間当たりの請求金額は市場価格で$250ぐらい。申告書の作成に要する時間は大体わかるので請求の範囲もきまってくる。時間当たりの料率で行う以外では、付加価値がどれくらいかで決まる。

成功報酬

成功ベースの報酬はあるか。カリフォルニア州では成功報酬は禁止されている。ただし、売上税、不動産税について修正の申告を提出し、調査が行われ、税金が還付されたような場合は、報酬をもらうことが出来る。調査がない場合報酬は受けられない。還付税金の10%程度が報酬となる。

支払い遅延

支払いの遅延についてクライアントの報酬の支払いは実際には60日以内に支払われる。延滞利息は請求しないが、クライアントの勘定に帳簿上延滞利息が残され、次の年度に他の費用に含めて請求され、取り損なうことは少ない。

値引

報酬に関してのトラブルについて多少のトラブルは発生する。その場合は前もって口頭で説明し理解してもうことにしている。たまには多少の値引きをすることもある。延滞利息についての考え方IRSなどから延滞税を法人などが請求された場合、米国では、いわゆる現在価値の考え方が行き渡っているため、数年前に支払うべき税金を、数年後に支払うことになったとしても延滞利息を支払うことに拒否反応はないとのことである。銀行に払うか、IRSに払うかの違いと考える。

損害賠償責任の限度額

申告書作成の契約書には、すべて「標準的契約と条件」が添付される。ここで損害賠償責任の限度額について、「KPMG側の故意の誤った行為による場合を除き、受け取り報酬の金額までを限度とする」との条件が記載されている。

5.一般のCPA事務所の報酬規定について

インターネットで入手したカリフォルニアの女性CPAのホームページから、報酬についての記載の一部を抜き 出してみると以下のようであった。個人所得税の作成報酬 最低$200、Schedule Aなどが一つ加わる毎に、$40増加します。相談、その他時間当たり料率 $150 電子申告料金、$50
法人税作成報酬 $400、時間当たり料率、$150

6.KPMGにおけるリスク マネジメントへの対応

KPMGパートナー、公認会計士、デニス・マロイ氏(弁護士でもある。)から以下の説明を受けた。

契約書作成は誰がどのように行うか
マロイ氏は、KPMG税務部門の会計士の使命として、常時、上質なサービスを提供する、専門家としてのスタンダードを作り上げる、及び会計士自身及び属する会計事務所にたいするリスクを最小にすることの三つを挙げている。さらにKPMGは組織として、ニューヨークとワシントンにあるタックス・チーム部門DPP-TAX、ナショナルプロダクト・グループ、ビジネスユニットPPP-TAX、地域税務サービス・リスクマネージャーの四部門を持ち、連携して事業を行っている。ツールとしていくつもの契約書がKPMGのコンピュータのソフトとして作成されている。契約金額が大きくなるにつれて作成してクライアントに提示される前に何人ものパ-トナーのチエックが必要とされる。また、すでに作成された契約書の文言を勝手に一部を消去しようとしても消せないようになっており、一部に変更を加えた契約書は必ず作成者以外のパートナーの承認が必要とされる。一番簡易な契約書は作成後クライアントに送付して終了となる。それ以外はすべてクライアントに提示し、合意を得たら契約書のコピーにクライアントがサインをして返送することで、契約が成立する形になっている。

契約書作成の承認を得るための手続き一覧表

契約書の形式 と 手続: 担当パートナーの承認①
PPP‐Taxの承認②
DPP-Taxの承認 ③
契約書の写PPP-Taxに送付④
時間料率と費用の請求だけの契約書
変更無しの承認の必要な契約書DPP―Tax
変更ありの承認の必要な契約書DPP-Tax
成功報酬に関する承認の必要な契約書Non-DPP‐Tax
付加価値報酬に関する承認の必要な契約書Non―DPPT

契約書にサインをするのはパートナー個人であり、KPMGではない。申告書においては作成者としてサインをするが、納税者の代理としてのサインは特別の場合(納税者が海外にいるなど)を除きサインをすることははない。納税者の欄にサインをすると共同して責任を負うことになるためである。
※ 参考2としてKPMGで使用される契約書のフォームを例示した。

7.税務サービスにおけるトラブル

クライアントとの間でトラブルの起きたケース KPMGマロイ氏の講演から契約書により互いに合意の上で申告書等を作成しても、後になってトラブルが発生して損害賠償を請求される場合も出てくる。いくつかの例が紹介された。

(1)CPAはX社の法人税の申告書を数年にわたり作成してきた。X社の経理部長と話をしているうち、数年間、海外にある親会社に利息を支払っていたが、源泉所得税が支払われていないことが判明した。その源泉所得税は、期限が過ぎており今から申告書を提出すると、源泉税の支払いの遅延につき利息と罰金が課せられる結果となる。この件は誰が責任を取るか?

  • もしも、X社の監査をそのCPAの属する会計事務所が担当していたとすれば、当然、監査の時に親会社へ利息の支払いを見ていた筈なので、当然CPAが責任を負うべきと される。
  • もしも、監査を引き受けていない場合は、利息の支払いについてX社がCPAに、申し出なかったのであるから、X社に責任があるとされる。

(2)351条の現物出資は、全株式の80%の取得を要求される。会社は優先株の取得を失念していた。CPAはそれを知らず、取引については、非課税であるとのメモを作成した。IRS内国歳入庁は後になって、取引は課税であるとして所得税を追徴した。誰が責任を負うべきか?

  • クライアントが優先株についてCPAに報告しなかったからクライアントに責任がある。

(3)カリフォルニアのクライアントは、米国内においてXという商品の卸売業を営んでいる。CPAは連邦税とカリフォルニア州の申告書を数年にわたり作成してきた。今年になって商品Xの大きなマーケットのひとつであるニューヨークで、販売員が住んで、営業をしていることが判明した。ニューヨーク州の調査があり本税と、利息、罰金が課せられた。誰の責任になるか?

  • 利益についてはニューヨークとカリフォルニアの間で分割すればよい訳であるが、カリフォルニア州の分について過年度の一部が時効で還付されず、しかもニューヨーク州では、無申告であったため、時効はなく、さかのぼって課税された。CPAは監査もしており、クライアントから、ニューヨークに事務所を作ったと聞いたとき、在庫の監査の必要性を質問したところ小さいからしなくてよいとの答えであった。税務部門は知らなかったから、ニューヨークには申告しなかった。クライアントがきちんといわなかったからクライアントの責任になる。

(4)X社は海外の親会社から商品を購入し、米国内で販売している。IRSはX社を調査して親会社により請求される移転価格が高すぎると指摘し追加本税、延滞利子税、加算税が課されまた親会社に対しても源泉所得税の支払い義務が生じた。誰の責任か?

  • 契約書において「移転価格税制問題の危険があります。価格について検討をするかどうか、もしも必要な場合は別の契約書を作ります」との文言があり、検討不要とクライアントが述べている場合はクライアントに責任がある。この場合、クライアントが不要と回答したのでクライアントの責任である。

(5)クライアントが数百万ドルの新しい組み立てラインを建設した。製品の技術上の性質から、ラインの設備の多くがドイツから輸入された。クライアントはその設備には8.25%の売上税/使用税が課せられることを知らなかった。カリフォルニア州の調査があり、売上税 延滞利息及び、罰金が課せられた。誰の責任か?付け加えると、そのCPAの監査部門が監査を行っている。

  • 監査をしている場合、CPAに責任がある。

おわりに

以上報酬規定を中心に実態を報告した。日本の報酬規定とは異なり、時間当たりの料率が基本でさらに付加価値が考慮される形のようである。契約書については、リスクマネジメントの点から言えば、KPMGの契約書がクライアントに出されるまでの手続きや、必ず添付されるStandard Terms and conditions、標準的契約と条件、など注目すべきものであろう。優秀な人材の確保と税務における知識の集積が品質管理を可能にし、契約書の使用で、損失を出来るだけ少なくするのに役立っている。ビッグ5のような大きな会計事務所のクライアントと、一般の会計事務所のクライアント、そしてEAのクライアントと、ある程度住み分けがあるのではないか。インターネットで見つけた女性会計士が非常に細かく報酬をきめて例示して、「私は報酬に関する完全な開示と十分なコミュニケーションは、ほとんどいつの場合も、丁寧で生産的な仕事関係を作り上げるものだということを、長い年月のうちに気がつきました。」と開示の大切さを述べている。依頼者にとってわかりやすい報酬規定への改訂は、今後の税理士界の大きな宿題である。以上

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